2011年8月27日土曜日

ブルーベリー狩り

毎年恒例になっている夏も終わりに近くなる頃の私達の大仕事になるブルーベリー摘みに童仙房に
行ってきました。
雨模様の中思い切って行く事に決定するにはもう時期がぎりぎり実が少なくなってしまうのが怖ーい
から・・・・・。


童仙房は静かな山郷,この日は雨の降った次の朝でより以上に空気が澄みわたり、緑は何処までも美しく癒されます。
ブルーベリーを摘むのはとても大変なんです。
夏の一番暑い頃に実が生りますから、小さい実を一つ一つ採って駕籠(二キログラム)一杯にするには暑さとの戦い、この時ばかりはすごーい忍耐力を発揮しなければ・・・・・・・・
農業を営むことがどれだけ大変な仕事であるか、ここへ来る度思うのです。

ブルーベリーの木です、果実が熟すと青紫色になります



これから一年間私達はヨーグルトにトッピング
していただきます。
冷凍庫の中はブルーベリーで一杯になっています。

ブルーベリージャムも作っておきます。













年の積み重ねと供に体の機能は衰えてきますが
ブルーベリーにはアントシアニンが多く含まれており目の回復にはとても効果があるそうです。 
ポリフェノールは細胞の老化防止、活性酸素の抑制力があって、コレステロールの高い私には欠かせないブルーベリーです。                                
これで一年、一安心・・・・・・・・・。



2011年8月24日水曜日

田んぼアート

今年も夫のお友達から「田んぼアート」が送られてきました。昨年も見せていただきましたがとても
素晴らしい!!
お友達家族は弘前にお住まいで「田んぼアート」は隣の田舎館村(いなかだてむら)で描かれているのだそうです。




「五条大橋での戦い」
牛若丸と弁慶
















この二枚の写真は昨年の「田んぼアート」です。
今のお米と「古代米」の色の異なる稲を使って
田んぼをキャンバスに見たててすべて天然の
稲穂で描かれています。
あたかも牛若丸が弁慶の長刀を飛び上がって
避けているかのよう、目を閉じるとその様子が浮かんできます。







今年の田んぼアートは「竹取り物語」がテーマになってます。
日本最古といわれる物語です。



光り輝く竹の中からかわいい女の子現われたのでした。
かぐや姫が使者に迎えられ白い雲に乗り月に還らなければ・・・・・・・。
涙して見送るおじいさんとおばあさん。
「如何してなの」と子供に聞かれた懐かしいあの頃を思い出します。












今年は七色の稲を使い復興に向けて「がんばろう日本」と私達一人一人が思いやる心を持ち合う大切な言葉が言い伝になっております。
この写真は村役場がお城のような建物で、天守閣から撮影出来るようになっているんだそうですよ。
そのような役所もユニークですね。
鬼が笑うかもしれないですが・・・・・・
だけれどお友達に誘っいただける内に、来年こそはこの目ですばらしいアートを見てみたい・・・・・。






2011年8月23日火曜日

SUNTORY京都ビール工場


ほとんど60代まだまだ若いつもりの10人でサントリーの京都ビール工場へ行ってきました!!
「製造工程の見学&試飲の楽しみ」にです。






ここがサントリーのビールを生み出す工場
見学はこのエスカレターを上がり始まります。











これはビールには必要な「ポップ」です。
春から夏にかけつるが伸び花をつけます。
実は楕円形デス、雄株と雌株があってビールには雌株を使います。
ホップの花は毬花といいビールに香味をつけるのに用いると言うことでした。










仕込みのタンクはピッカピカ(麦芽から麦汁をつくります)
貯酒タンク、発酵した麦汁は若ビールにここで熟成





昭和44年2月12日
京都工場で初めてのビールが誕生しました。

ボールみたいでしょう!
通路になっている床に写真パネル(?)が幾つかあるのです。










成熟を終えたビールは澱や酵母を取り除くため
ろ過されて澄んだ「生ビール」になります。

出来あがったビールは味を損なう事のないよう樽やカンに詰められます。
樽に詰めつるには底の方からなのだそうです。
これは樽を開けた時に泡が噴出すことのないようにするためです。






企業理念としての取り組みが『人と自然と響きあう』というこをメセージに活動をしていることが、掲げられていました。
次の世代に安全な環境を引き渡すことが出来る努力をし[資源の安全」→自然保護
「地球温暖化防止」→CO2の削減         「資源の循環利用」→工場用水のリサイクル
案内係りの女性のスカート、作業服などはペットボトルの再資源化なのだそうです。
説明はここまで場内は何処もここも衛生的で清潔、気持ちがよかったですね。
後、バスで移動,出来たばかにの生ビールの試飲をするのにゲストルームへ案内されました(笑)

カウンター






ビールは1人3杯にお摘みつき
ですが時間は20分ほど
よほど好きな人でないと三杯頂くのはチョット・・・・・・






きれいに手入れされたお庭、心地好くしばし眺め「あーなんて仕合せ気分なんだろう」一杯のビール
に心は浮き浮き・・・・・・・
お土産買ってバスへ,サントリーはここまで淀の駅へ戻りました。


淀から京阪電車で一駅、中書島へ「かっぱかっぱの黄桜」でランチタイム、みんなで絞りたての原酒を少しばかりに鳥のビール煮ランチボックスでお喋りも楽しくひと時を過ごし、今日のスケジュールはここまです。
お世話はして頂いた彼女にありがとう!!




2011年8月21日日曜日

我が家の節電

「今年の夏は電力が不足することを想定して、各家庭も上手に節電することを政府は勿論電力会社
もテレビ、新聞広告と協力を要請していましたから我が家も節電です。





これはテレビのコンセント用です。
今まではスイチを消すだけで済ませて
いたのですが、
長時間使用しない時にはこのように
切っています。
台所も同じように切ります。













今年の夏は梅雨の頃が猛烈に暑くなってクーラーの出番が必要に
関東のお友達が息子さんのバレーボールの試合の応援にいらして「関西はなんだか緊迫感がないように思うわ」と言われ、またいろいろと発表されるのを見聞きする事でがまんしなくてはと思うのでした。



この様にブレイカーも切って我慢をしていましたが、つい5日程前帰宅が遅くなりまた坂道を上って
戻って来たものですから、2人とも汗をかきクーラーのスイチを入れてしまったのです。
2人して「我慢・我慢」も終わってしまいました。
この間テレビで「電気の節電方法の勘違い実験」をしていました、コンセントを切ることは全然節電にはならないそうですよ。
原発のこともまだ先が見えず、まだ節電は必要でしょうから冬の対策も今から考えなくては・・・・・・
まだ厳しい生活を余儀なくされてみえる被災地の方々の笑顔が一日も早く戻って欲しいと願います。





                                                                                 

2011年8月19日金曜日

深草

深草は2度目の訪問ですです。前回はカナダの国の人と一緒に巡ったのですが五百羅漢の前で
「この沢山の石は何ですか?」と質問されて困って・・・・・・
今回は質問もなくのんびり夫と2人です。






「琵琶湖疏水」
ここは鴨川運河深草橋からの疏水の流れ
ゆくりと流れに沿って遊歩道があります。
真っ直ぐに伸びていましたが深草橋は一段と上にあり船の往来のためだたのでしょうか?










「石峰寺」は黄檗山の禅寺です。
竜宮造りの門が緑に映え美しい・・・・・
伊藤若冲が妹と2人でここの草庵で住み
五百羅漢の製作にかかわり85歳の生涯を
終えました。
お墓は筆塚と並んでおりました。


裏山には羅漢さんが並んでいました。
五百の羅漢さんは」永年の風雪に」耐えて、まーるくなってそれはそれは趣のあるお姿になってみえ
私達に微笑んでいる様でもあり、考えているようにも・・・・・・・
それはいろいろ見る人の心かも・・・・・・。



裏山はこのように竹林の小道になっていて、私達が訪れたときは丁度陽が斜めに射し笹の葉の緑
がとてもきれいでした。
伊藤若冲さんの9月10日が命日にあたり石峰寺で所蔵している作品を見ることが出来るそうです。
どのような作品が見られるのでしょう、とても楽しみです。

因みにこの羅漢さんが私の好きなお顔です







2011年8月17日水曜日

五山の送り火

「五山送り火」に初めて吉田山に上ることに、地元のおじさん(暗くてよく見えないのです)の後に続いて階段を確かめながら、私にはきつーいもう心臓がパクパク・・・・・・・
「送り火」のためがんばれと言い聞かせて頂上へたどり着く(オーバーでなく上るのには弱い)
そこは余り広くはないのですが東山如意ヶ嶽が眼前に広がったのです。



精霊を冥土へ送る「五山送り火」の一つ「大文字」に火が点されると1人の女の方が透き通る声で
「黙祷しましょう」と誘いかけられたのでした。
皆さん暫くの間静かに犠牲になられた方々を悼み手を合わせました。
帰りの階段は多くの人が懐中電灯で足元を照らして下さるので楽に降りられました。
途中北のほうに「法」「妙」「舟形」「左大文字」と木の間から見え、「五山送り火」を送ること出来ました。

少し見にくいですが「法」です

「送り火」を済ますことが出来私達は京大前をのんびりと歩いたのですが、まだ学生がいるのか
教室には明かりが、外国のご夫婦の学生らしい人たちなど大学前は様々な人でいっぱいでした。
頑張って住みよい日本を作ってほしいものです。


この辺りにはアジアふうの小さいお店が並んでいました。
そこにあるレストランというよりタイカフェのようなお店で食事を、初めてのメニューに私達は戸惑いますが親切なフロアー係りの女性が説明を、無難な料理をチョイスして最後にデザートを頂いて
再訪を約束して帰りました。
何と心も豊かに幸せな日でしょう・・・・・・・・。




2011年8月14日日曜日

比叡山延暦寺

世界文化遺産「比叡山延暦寺」へ根本中堂夜間特別拝観ができ、また今年は献灯ローソクによる
『復興と祈り』が行われると言うことで夕方に出かけました。





暗くて分かり難いですがここが「根本中堂」
本堂ではお坊さんの法話があり御本尊様は
薬師如来様。病気を治す、薬を調薬(薬指で)されると言うことから薬師さんと呼ばれる事になったとか。
護摩木を炊くのも一段下のおかまの中へお供物の炎で焼くのだそうです。
その時のお経は今まで聞いた事のない節回しでした。
天台声明と言う仏教音楽とか厳かでした。




比叡山延暦寺は788年伝教大師最澄上人によって開かれました。
薬師如来様の前には1200年間絶えたことのない「不滅の法灯」が安置されています。
この法灯は信長の延暦寺焼き討ちの難を逃れて再び山寺立石寺から分けられた灯です。


復興への祈り『法灯花』多くの人の願いを込めて灯されています。
今夜どうしても奉納したかった献灯ローソクです、こうして私達の思いが天に届いてほしいです。


復興を願い、多くの人の魂を痛み鐘を鳴らしました

根本中堂から文殊楼に見るひかりは宙でした




大講堂 僧侶が学問などを深くきわめるためのお堂
「一隅を照らす」
法然上人・親鸞聖人・日蓮上人もここで修行されました







宮沢賢治童話「ひかりの素足」からのイメージで大学生が
このひかりのページェントを作り出したのだということです。
東日本大災害でなくなられた人たちの御霊をなぐさめ鎮めることをヨシ灯りで表現したんだそうです。











根本中堂の中庭はもういっぱ~いの献花の
灯が並んでおりました。
「ひかりの雲海」と「命の帯」がひかりの塔にと
伸びていきます。








紅葉がきれいですきっと秋の紅葉は素晴らしいでしょう

「千日回峰行」は40年ほど前かと思いますが一人のそう若くはない男の修行僧が堂にこもり行を
している様子がテレビで映されていましたが、私は本当にそんな事が出来るはずがないと信じられませんでした。
先日亀岡の酒蔵を訪れたとき頂いた本がその人比叡山大阿闍利の酒井雄哉さんだったので驚き
2度もこの荒行されたのです。
人生は何処で何が起こるかわからない・・・・・・・・
今日は大切に生きることを思うのでした。






2011年8月9日火曜日

夏の野菜

お知り合いの方が「しろ茄子を取りに来なさいよー」と誘われ夕方行ってきました。
日中あまり暑いとしろ茄子が駄目になってしまうからともう収穫していただいてました。
黄色のプチトマトを摘みましたが、もう完熟です。




見ての通り右側が白茄子に見えますが、左の茄子も同じ木から
取れた兄弟なのですって、どちらも軟らかくておいしーい
ゴマ味噌で冷たーくして頂くと美味しいです。






          かわいいプチトマトです。
オレンジ色に写ってしまいましたが、もっと
黄色いのですよ。
それは甘ーくまるでお菓子を頂いてる
ような感じですね。










二種類のゴーヤを頂いてきました。
白いのは天婦羅にすると苦味も弱くなって嫌いな人でも頂けるよ聞きました。
早速天婦羅にしていただきましたがやっぱりゴーヤでしたね。
            





その後私達は交野に寄り道しました。
ぶどう畑が一面に広がっていたので覗いてみる事にしました。
もう遅い時間帯なのでお店が閉まっていましたが、一軒だけおばあちゃんがぶどうの袋詰めを
してみえましたので、お願いして今まで食べたことのない葡萄を一房お買い上げ・・・・・・・

名前を忘れてしまい残念、少し酸味が強いのです 
「織姫の里天の川星まつり」を開催してますよと聞いて天の川緑地公園に行ってみました。
人・人・人会場いっぱーい私の思いとは余りにも隔たりが・・・・・・・・
農業を業にしていますと言って若い青年達がぶどうのかき氷の呼び込みをしていたのでフッレシュな
ジャムに惹かれて一杯美味しい~
気持ちのいい青年達に薦められお米も(昨年米)買いました。
10月には新米が出ますから、是非私達のクラブへとお誘いを受けました。

このお米が彼らのブランド米
この川が天野川です
















どれだけ沢山のキヤンドルが並んでいるのでしょうか、川の両岸にいっぱーいです。
「平和の祈り」を想いに灯りが灯っていました。
まだまだ遠い「東日本大震災」の復興ですが、こうして一人一人が復興を願い、原発の収束の実現を願って、一日も早い安心して暮らせる日本である事を願ってやみません。





2011年8月7日日曜日

淀川三川七夕まつり

淀川三川ふれあい交流!「七夕まつり」が淀川河川公園背割堤地区で催されると知って出かける
ことにしました。







木津川側からの堤です。
春にはソメイヨシノが美しいでしょうね。
男山が遠くに見えます。









1,5kmの長い距離桜の木が植えられています




背割堤は木津川と宇治川を分ける堤防です。
明治初期に洪水氾濫の危険から守るために宇治川の左岸、木津川の右岸堤防を築き
1910年には現在の[背割堤」と呼ばれるようになったそうです。
松並木だったそうですが害虫被害に遭い
1973年にソメイヨシノに植え替えられました。






宇治川の向こう側には天王山が見えます。
「天王山」はかの有名な秀吉の「天下分け目の戦い」その合戦の場、この夕暮れときにはもう戦いは終わっていたのででしょうか。









ジャズコンサート(ハワイアン演奏)女性歌手の歌も聴くこと出来ました、今流行のゆるキャラちゃんも一緒にいました



たっぷりと日も暮れて灯ろうに火が灯りました。
子供達が願いを書いた短冊も風に舞いなんとも風情が・・・・・・・・
あまり人も多くなく川風が頬を撫ぜ心地好い、この情緒を十分楽しむことが出来ました。






2011年8月6日土曜日

お盆

お盆前ですが私達夫婦の父母やご先祖様のお参りに帰りました。
今年のお盆は私達失敗の連続です。
余裕を持って家を出ましたが途中道路工事があって渋滞に填まりました、私たち結局お参りに
間に合わず「御免なさい」でしたが、確り者の姉妹3人がいますので滞りなく盂蘭盆のご供養を
すませて下さっていました。
庭に蝉がいたので写真を撮ってみましたが・・・・・

分かり難いかも・・・・海に近いので大きな松が多くあり蝉の絶好の住みかなのか五月蝿いほど鳴くのです

久し振りに集まった姉妹と私達2人はお仏壇を綺麗に飾りつけて津は全国で一番の「うなぎ屋」さん
の多い都市と言われていますから帰ると必ず美味しいパリパリに焼いた鰻をいただきます。
今日はみんなでいただきました。ごちそうさま~



姉妹達と分かれた後は、いつものように私の実家のお参りをすることを例年にしておりましたが
時間になってもお坊さんがいらしゃらないのです、電話をすると日日を間違えており(私?)
お寺さんで供養をして頂く事になりお参りをしその後がとても長が~いのです。
お話好きの方ですからお菓子のお持て成しに世間話し、いつも足が・・・・・・・
夕暮れ時にお墓をお参り、ここでご先祖への少し早い盂蘭盆供養は終わり。
私達の長ーい一日も無事終わりました。合掌