2012年9月28日金曜日

辻村寿三郎人形展

高島屋京都で催されている「平家物語縁起」~清盛、その絆と夢~の人形展をお友達3人で見に行ってきました。
NHKテレビで見た「新八犬伝」の人形が今までの私の中にあった人形と余りに違ったものですから
強烈に残っており、10年ほど前にも「ジュサブロー館」を訪れるチャンスがあり入り口入った所に
大きな浄瑠璃人形のようなお人形があって驚かされました。
寿三郎さんは隣の工房で古布につつまれ、人形作りに没入してみえる姿は美しくすこし近寄り難い
オーラがあったことを思いだしました。



パンフレット
琵琶法師によって語られた「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらわす・・・・・」
「平家物語」の主人公・平清盛の姿とそこにある人々の素晴らしい人形絵巻でした。

第72代白川帝  (ポストカード)


清盛幼少期  (ポストカード)
祇園女御  (ポストカード)




 
祇園女御は祇園に住んでいたのでこのように呼ばれてiいたそうです。

白川法皇の寵愛をうけ清盛を育て、また崇徳天皇と
後白河天皇の生母となった待賢門院璋子を養女にし権勢を
振るった女性だったとか。














待賢門院璋子  (ポスター)
法金剛院に出家した待賢門院は堀河局とそこで3年ほど過ごし生涯をとじます。
堀河局もともに髪を下ろしましたが女流歌人として評判で西行とも親交を結び幾つもの歌集を残しています。
「長からむ心も知らず黒髪の みだれて今朝はものをこそ思へ」と百人一首に詠まれています。


美福門院  (ポストカード)
待賢門院が出家に追いやられた後、美福門院となり政治勢力を形成し力を発揮していきました。
第76代近衛天皇の生母。

熱病の清盛  (ポストカード)

熱病で倒れた清盛は京都九条の平盛国の屋敷で息を引きとったのでした。

安徳天皇と祖母二位尼  (ポスター)
安徳天皇を抱き二位尼は壇ノ浦に身を投じたのでした。
母建礼門院は引き上げられて生きのこり大原寂光院で一門の菩提を弔ったといいます。



とても素晴らしい「平家物語」の登場人物に感動!!
この他にも仏像、一二支の動物など80歳になられた方とは思えない創造力と活動力には驚くばかりでした。


2012年9月25日火曜日

私市の散歩

3人で行くつもりが2人になって、そのうえに待ち合わせ場所の行き違いで私は私市駅のベンチでぼんやり・・・そこへ2歳の双子の男の子来たり「ちゃんぽちてるのー」とかわいいです。
お母さんと一緒に大きな木の下で何気ない会話が私を和ませてくれました。


京阪私市駅
お友達到着です。
先ずは彼女の行ってみたいという「吉向窯」へ住宅街を通りぬけると緑のトンネルその先を少し歩くとありました。

ずーとこの先にはくろんど池

清い水

吉向窯





「吉向窯」は豊臣秀吉の時代に開かれた200年の歴史の
ある窯だそうですが折悪しくギャラリーはお休みで見ること出来ませんでした。


ちよっと寄り道をしましたがこれから大阪市立植物園へ行きましょう。


土手に赤と白の彼岸花(子供の頃にはしたまがりと呼んで毒があるので折っていけないと注意されたものです)
お彼岸の頃には田舎の黄金色の穂と忘れず咲く赤く染まった彼岸花が 畦道に咲いてとっても
きれいだったなぁ~。

入園券





「大阪市立大学理学部附属植物園」は前身は満蒙開拓団の訓練施設として昭和16年(1941)に開設され、昭和25年(1950)大阪市立大学理工学部の研究施設となったそうです。





ナンバンギセル
駐車場出入り口の管理をしているおじさんが「珍しい花が咲いているからぜひとも見てご覧なさい」と親切に教えて下さいました。

「ナンバンギセル」は花形が南蛮人の口にくわえるパイプ(キセル)に似ているところから付けられたと説明にありましたが、昔のおじいさんが刻みタバコ吸うキセルにそっくりだと思いませんか?



トカドヘチマ














断面が十角形あるのでトカドヘチマといい南方のもので食べられるそうです。
その内にゴーヤのようにメジャーになるかもしれません?

ヘビウリ
インドが原産なんともくねくねして諸そのものって感じで気味悪くってお料理する側としては・・・
ですが炒めて食べると美味ということです。

ウウコ

ウコンの花

 












 ウコンの花は薄紫のきれいな花です。                                                      



原産地はインドで江戸時代に日本にも渡来し薬用として栽培され最近ではサプリメントとしても広告などでよく見かけるようになりました。


シナアブラギリ







柿が沢山実っていると思って近づいてみますと中国の「シナアブラギリ」という木でした。
種子の油は塗料・印刷用の原料になるそうです。







あざみ
一本きれいな紫色の花をつけ細くもとてもきりりと立っているあざみ、これって「のはらあざみ」なのでしょうか?
日陰のベンチに腰を掛け緑に包まれた中でたわい無い時が過ぎていくのもいいものですよね。
夕陽が沈みかけ私達は駅へ戻り、駅前の酒屋さんで24年秋季限定「かたの桜」をおみやげに買ってさぁー帰るとしましょう!


2012年9月23日日曜日

コスモス畑の穂谷の里山

フィットネスに行ってる夫から「帰ったらコスモスを見に行ってみよう」と電話があり今日のお昼は外で食べましょうと約束しておりましたが、穂谷の里山行くのならやはりおにぎり弁当が一番です。
秋の爽やかな日差しの日お弁当もってコスモスを見に行く事となりました。

穂谷の里山
車で30分も走ると穂谷です。
段々畑に水田もあって今の畑には大豆にサツマイモ,休耕田にはコスモスが植えられています。
今年のコスモスは少し生育がよくないのか蕾も少ないように思います。

コスモス畑
枯れたり倒れたりしたコスモスもあって見た目も今ひとつ物足りない今年のコスモス畑なのです。 

私の即席お弁当
広々とした青空の下でランチタイムです。
急ぎ作ったおにぎりはなんとお行儀の悪いことでしょうか・・・それでもなにより美味しくいただけるのはこの澄んだ自然の賜物ですね。

ランチ後はコスモス摘みです。
毎年50本~70本ほど摘みリビングに飾って楽しみます。

保護色になったカエル?
カエルが沢山ピョンピョン跳ねていましたが中に緑色のもいて保護色機能を持っているのかな?
私がコスモスを摘んでる間に夫は大きなマワリを抱えきれないほど剪っていました。


沢山の花を摘み帰る道にある交野のぶどう畑に寄ってみると人も見えず時期は既に終わっており
諦め戻ろうと横道に入った所に「イチジクあります」と札がさがっており私の大の好物入ってみるとイチジクはなく大きな粒のピィヨーネとマスカットがありお買い上げえー。



シャインマスカット・ピオーネ
帰って草々写真を撮る前にピオーネは私達のお腹に入ってしまったのでした。


石燈篭に小さなお地蔵

交野の家並み
交野には興味を煽られる所が沢山ありますが、きっとこの石燈籠にも歴史があるのでしょうね。

摘んだコスモス&大きなひまわり

朝目覚めてこのような沢山の花を見られる贅沢な日々はとてもうれしい!!!


2012年9月19日水曜日

絵画展

第1回ハーモニーグループ展にお知り合いの方が水彩画の作品をギャラリーに出品されてみえるので行ってきました。
趣味で描いてみえるのですがとてもお上手で感心してみとれておりました。
絵の素質に恵まれてる人が羨ましいかぎりです。






出品された作品はガラスケースに入って写真がとれず残念でした.
この3枚はスケッチブックに描かれた絵をお願いして写真に撮らせていただきました。
3人の方のそれぞれの個性が出ていて素敵です。

その後はお友達が「心斎橋を歩きましょう」と言うので難波までブラリブラリのウインドショピング
私は初めての通りでキョロキョロ珍しいので写真もパチリ。

心斎橋通り
大丸百貨店がありますが若い人用の華やかなお店が両側に並んでいます。

大丸本店
とても美しい建物に驚きましたがヴォーリスの設計によるものでアール・デコの近代建築で名高い
大丸本店でした。
日本におけるDOCOMOMO150選の1つでした。
DOCOMOMOとは20世紀のモダン・ムーヴメント建築及び資料を保存する意義を訴えることを
目的とした国際機関で、日本支部もあるそうです。


とても懐かしい「一粒で2度おいしい」のグリコのコマーシャルを思い出しました。
このキャラメルが大好きで母にねだったものです。

松竹座
またまたデコ風のアーチをもった正面玄関は「松竹座」でした。
大正時代に建てられた日本初の鉄骨コンクリートの建築の建物で最初は映画館としてオープン
したそうですが大正モダンだったのでしょうね。


かに道楽
この大きな動く看板を名古屋で見たときは驚きましたが、2003年に阪神タイガースが優勝した時カニに阪神タイガースの旗を上げた人がいましたが、どちらも大阪の人にとっては象徴でもあるのでしょう?


私達の今日のもうひとつ楽しみにしていました高島屋の会場に着きました。
「安野光雅が描く洛中洛外展」を鑑賞することです.

入場券(銀閣寺)
安野光雅さんの絵は夢に出てくるようなほぁ~と温かく和ませてくれる筆に色使いが「やさしさ」を
感じ大好きで子供と絵本を一緒に楽しみました。

大原の里(postcard)
2年坂(postcard)
清水寺(postcard)
京橋でお茶してほんわかと心も和み、お友達と美しいものを見ると優しい気持ちにさせてくれるから
私達のお年には「必要不可欠なことかもよ・・・」と言うことになり来月の美術鑑賞を約束をし帰路につきました。


2012年9月13日木曜日

隠岐の旅3日目

隠岐最後の1日となり今日も快晴さぁー知夫里島へ出発しょう!
知夫里島は650人の小さなのどかな島です。

島前内航船







マリンポートホテル海士
ホテルを午前8時出発菱浦港から来居港(くりいこう)まで7分、知夫里(ちぶり)島巡りの案内を
して下さるのははまずまずのお年の明るい女性ドライバーさんです。





後醍醐天皇第一歩をふまれた海岸













後醍醐天皇は鎌倉幕府を倒すのに失敗し北条氏より知夫里島に流されました。
しかし後醍醐天皇は1年ほどで隠岐を脱出し京へ戻り「建武の新政」を開始します。

赤ハゲ山
赤ハゲ山(325m)穏やかな内海に白い砂の海岸線が続いています。
頂上付近は800頭の牛に80頭の馬が放牧されているそうです。

洞庭藍
洞庭藍は中国の美しい洞庭湖にたとえられ付けられた名前で、京都までの日本海岸沿いに自生
している藍です。

仙人草
花が散った後仙人の髭のように見える事からこの様な名前がついたとか、またこの花は鉄線の
原型なのです。
美しい花に毒があるようで牛は食べないようですよ。

つるぼう
土筆のような花で群生して咲くそうですがシーズンも終わり貴重な1本を見る事ができました。

後醍醐天皇行在所・仁夫里坊跡
後醍醐天皇が黒木御所に移られる間一時滞在されてみえました。
赤ハゲ山も以前は松の木が多く自生していたのだそうですが松くい虫で今では小さい雑木ばかりで
日陰もなく小牛が日射病にかかる事があるとかかわいそうです。

赤ハゲ山ドライブウェー
360度見わたせる展望台ですが、なんとすずめ蜂に遭遇です、大きな蜂が目の前にドライバー
さん「手を上げずゆっくり逃げてください」写真撮ることも忘れ兎に角退散です。

牧畑の石垣
島前地区で中世から1960年後半まで行われていた輪転式農法で、4年周期でやせた土地を
活用しこのように石垣で区切り作付け(牧草・麦・ひえ)を行っていました。
春は野大根の花が咲きピンク一色に染まりそれはそれはきれいですから是非その頃にもう一度と
お誘いを受け心が動かされるのでした。


車道を歩く母子
いたるところにある水のみ場






牛馬のために作られた水のみ場ですがここは山の頂上にもかかわらず不思議に刻々と水が湧き出ているのです。

赤壁(せきへき)
「赤壁」は中国の長江にあった崖を模して日本の絶壁の景勝地にも付けられています。
地元では「あかかべ」とよばれています。
「隠岐知夫赤壁」として国の名勝および天然記念物に指定されています。
最も高い場所で200mで岩の大部分はアルカリ玄武石です。
赤い色はマグマのしぶきがが酸化して出来ました。
赤・黄・白・茶色鮮やかな色の崖が1km続き雄大な岸壁です。

もー怖くないのかな!
慣れているのかこちらから見ているとハラハラですが、ドライバーさん曰く「海へ落ちたと聞いた
事は一度もありませんから心配御無用」と一言でした。


河井のお地蔵さん


河井湧水とお地蔵さん
この湧き水は昔から万病を治す霊水として島民の信仰を集めているのです。
私も元気をいただきましょうとペットボトル一杯に満たして、柔かいお水をいただきました。
おばあちゃんが「きれいにしてお地蔵さんにお供えします」とせっせとシキビをきれいに洗ってみました。

うつくしい知夫里島を駆け足観光、内航船で別府港へもどります。

来居港島前内航船のりば
うつくしい知夫里島にお別れ、駆け足観光でしたが、牛・馬・すずめ蜂・人口よりも多いという狸(村長さんが飼っていたカップルが逃げ出したのが始まりとか?)さん達に会って面白かったなぁー。




フェリーに乗るまで一時間20分しかありません、夫がどうしても「黒木御所跡」へ行ってみたいと
言うので観光協会でキャリーバックを預かっていただき行ってみました。

黒木御所跡





黒木神社

黒木神社の鳥居をくぐり天皇山と呼ばれる丘を上がって行くと建物は何もなく「黒木御所跡」の史跡がありました。
後醍醐天皇が1年余り過ごされた行在所と伝えられています。

別府湾
行在所からは別府湾の見付島も見えました(この島から見張りをしていたのでこのような名前が付いたともいわれています。


今回は隠岐の観光協会の方に電話でお願いしお任せ旅でしたが機会があればもう一度日程を
自分達で決め、春の若葉のころに行ってみたいと思う素晴らしい忘れられない4島の旅でした。
                                  
                                長いブログになりましたがここで終わり。