2012年1月29日日曜日

「一休善哉の日」

今日は1月最後の日曜日一休寺の「一休善哉の日」です、1年間楽しみにしていました。
「一休寺善哉」の封書を入り口で参加料を支払いいただきます。
一休禅師の伝言の書かれたしるしに、絵馬、おぜんざい券が入っており「一休善哉の日」とはこの一年の行動宣伝、善きことを誓い言葉として絵馬に書き、一休禅師に奉納します。
一休禅師の方丈間で住職の法話と般若心経を唱えた後、短い坐禅ですが警策で打たれる体験も出来、心身の引き締まるひと時でした。



一休禅師















一休和尚は弟子に命じ像を作らせ頭髪と髭は自らのものを植えたと伝えられています。
形にとらわれることなく心を大切にせよということなのだそうです。




絵馬に私はこの一年の善き事は「鍛える」としるしました。
幅広く鍛えたいと念じましたが、さてこの誓いは・・・・・・・。


一休和尚は1月1日のお生まれです。
善哉の起こりは大徳寺の住職からお餅の入った小豆汁をご馳走になり「善哉此汁」(よきかなこのしる)とおしゃったことから善哉と言われるようになったとお聞きしました。


この門を入りと庵がありここでお善哉をいただきます。



焼お餅も入っていい甘さも上品で美味しく、一休寺納豆も箸休めに丁度いい塩味でした。
まだ小さかった時の母親の作ったお善哉には、粉を練っただんごが大きいの小さいの不揃いなのを
口をモグモグさせて食べたのはもう昔話です。


「諸悪莫作」「衆善奉行」悪いことはするな、善いことをせよ、仏教の大意、誰もが知ってはいますが
実行はできない。「一善一年・『善哉善哉』よきかなよきかな」一休禅師
一休禅師の書になっていました。


「善哉」とは仏さまが弟子を褒められる時に使った言葉でもあるそうです、テレビで「夫婦善哉」を
長い間放送していましたが、あれはお互いを褒め合う事から付いたタイトルだったのでしょうかしらね・・・・。
だとしたら今日から私達も『夫婦善哉」2人して楽しい生活を実行する事としましょうか。
今日は「鍛える」を誓い『頑張っていこう、この一年!』も一緒にスタートとなりました。


2012年1月24日火曜日

体にやさしいランチ

 お友達からランチのご招待を昨年末から受けておりましたが、やっと待望の日となりました。
[心とからだに優しい・・」自然で美味しいお料理という事で趣のあるレストランで、器のお店でもあり目も楽しませていただけ素敵な時間を・・・・・。

モエレの風春夏秋冬
1階はカフェと器のお店に2階がレストランになっておりました。
棚には作家の方のでしょう素敵な大皿や壷が飾ってありました(もちろん商品でしょうが・・・・)

これってなーに・・・

前菜はこの様な器に入って出てきました。


10種類の野菜に食前酒は赤ワイン。
ハート型になったワイングラスはとてもおもしろい!!
この後に白玉芋の雪とろろが出ましたが写真撮るの忘れておりました、体にも美容にも優しそうで
温まる一品で女性ならではの工夫が垣間見られました。




織部焼きの大きな器にタラにジャガイモを細く千切りにしたものを、衣にして焼いた焼き物にレモンを絞りいただきましたが、さっぱりとしていました。



メインのお料理は青磁のお皿に豚肉と春野菜に黒酢のソースのかけ。
とてもきれいな彩でソースもこのお料理にピッタリなのでした。


デザートは杏仁トーフにハーブテー。私としましてはここは和のものが欲しかったかな・・・・・。
月替わりにメニューが変わるみたいです、今年1年どの様な旬の野菜料理が出されるのか興味が湧いてきました。
ぜひ12回お料理を楽しんでみたいと・・・・・好奇心がふつふつと・・。
目もお腹も満ち足り満足ごちそうさまでした。


レストランの前はもう春爛漫色とりどりのお花が並んでおり、お友達がお土産にかわいらしいピンクの蘭をプレゼントに!
ケーキも買って我が家でコーヒータイムすることになりました。























おいしいケーキもいただいて楽しいおしゃべりも十分し、満ち足りた一日なのでした。
こんな時間を彼女に「ありがとう感謝です!」



2012年1月15日日曜日

光善寺

私の住む近くにある光善寺は文明7年(1475年)蓮如上人により出口御坊光善寺が建立されました。
京阪光善寺駅の由来はここからきています。

石の道標
光善寺の駅から国道1号線を渡ったところに道標が立っています。
この道は豊臣秀吉の時代の旧京街道だったそうで細い道が続いていました。

出口御坊光善寺
蓮如上人は室町時代の浄土真宗の僧で、京都東山の本願寺崇泰院で生まれ17歳で青蓮院で
得度をされました。



本堂

池を埋めてお堂を建立する時、この池に500年住む竜が女の人に姿を変え蓮如上人に「私の住む部分だけでも埋めないで欲しい、願いがかなうなら守り神になり常しえにお寺を守ります」と金の鱗を
おいてさいかちの木から昇天したという「竜女池伝説」があります。
石川丈山が造った庭園にこの池はあるそうです(みる事は出来ず残念でした)

太鼓楼
太鼓を鳴らし人々に時を告げる役割また法要の時など信徒に合図としたということです。


さいかちの木
でぐち団子
お庭は見ることができず残念でしたが、裏の方へ廻ってみると一際大きな木が多分これが大阪天然記念樹「さいかちの木」だと思うのですが・・・・?
駅の近くの和菓子屋さんには「でぐち団子」があります。
面白い名前のおだんごに由来を聞いてみたところ伝説話を教えてくださったのでまたまた興味がふつふつ・・・・行ってみたくなった訳でした。





蓮如上人像
蓮如上人は27人もの子が授かったそうです。
第13男実従が1524年枚方順興寺(枚方御坊)を建立しています。

蓮如上人御遺跡
蓮如上人が出口にいた頃は9軒しかない小さな村で、この石に腰をかけ説法をしていたのでした。
「でぐち団子」は蓮如上人が腰かけた石を形にしたものだそうです。
こしあんの素朴なお団子でしたよ。



蓮如上人は1499年85歳で亡くなられたのですが、光善寺駅の東側に道標があります。



この道標はいつも何気無く特別気にすることも無く、「蓮如さん」だと思ってやり過ごしていましたが
此処から歩いてみることにしました、我が家へは坂を上っていきますが、どうも左のほうに見える小高い山に廟はあるようです。

蓮如上人御廟
ここら辺りで唯一の畦道を行くと石碑がたっています。
なだらかな階段を上がって行くと高く盛ってある塚がありました。

蓮如上人廟
周囲の木々が包み込むように重なっておりとても厳か。
淀川が見えるかと思いましたが、残念なことに建物が邪魔をしていました。
きっとその昔には行き交う30石舟も見えたことでしょうね。



蓮如上人の第13男実従さんのお寺は枚方公園と枚方市の間の少し山手に行った所にあります。

枚方御坊



















実従は枚方御坊に入り順興寺と名づけ開基となりました。
幼名を九々丸といい小高い山の上に「九々丸塚」が建っておりました。


枚方市に戻って3年目、お天気の良い1日こうして知らない場所「名所、旧跡」歴史めぐりも楽しい
頭の運動にもなり一挙両得・・・・・・。
これからも頑張ろう!!


2012年1月14日土曜日

どんど焼き

今日は小学校で「どんど焼き」が行われるので正月飾りを持っていきました。
青竹の弾ける音が丸で太鼓が打たれているかのように遠くまで聞こえてくるのでした。
だだ小さかった頃にお宮さんの裏山でいろんな祭事があって「どんど焼きも」その一つでした。
おじいさんが焼けたおもちを私にちゃんちゃこの端を持たせて「元気に大きくなるから食べな」と言った事を今も鮮明に覚えています。
そんな事を思い出しながら今年の無病息災を願って火の中へ投げ入れました。
ちょっとお年の女の方が燃えた灰をいただいていましたが、この灰を自宅の周囲にまくとその年の病を除くと言われているのだそうです。



小学校の校庭
娘が4年間学んだ校庭での「どんど焼き」木々も随分大きくなって時の流れを感じました。
おぜんざいの接待もうけ焼餅も入って美味しくいただきました。


校舎の前では大学生でしょうか、子供達に2本の縄跳びの上手に飛ぶ方法とかを教えトライしている子供達に大人は惜しみ無い拍手を本人達はちょっぴり自慢気でかわいい・・・・・・。


これからが本格的な寒さのシーズンになります、「がんばれ!日本」いろんな面でも早く春が訪れて
くれますようにと願う。

2012年1月9日月曜日

泉涌寺7福神参り

今日は成人の日に泉涌寺の7福神参りをすると、福が授かるという事で夫と2人今年は新年早々からお参りする機会が多く、神さまばかり頼って良いのかしら・・・・・。
でも楽しみながら巡ってみましょうと出かけることになりました。

はーいポーズ
7福神参りの電車待っていると新成人女の子達が着物の姿で華やか、お願いして撮らせてもらう事にしました。
大人の仲間入りです「おめでとう!!」

即成院門
平安時代992年に建立され明治に今の地に移りました。屋根の鳳凰は宇治の平等院の方を向いているのだとか。
即成院
第1番「福禄寿」さまは幸福・長寿の神さま、ここで笹をいただき福禄寿の飾りと、境内には那須与一の供養塔があり「願いは的へ」私達には願ったり叶ったりの的を笹に飾りました。




供養塔の高さは3mもあり「願いは的へ」と提灯が掛けてあり叶うようにお参りしましたが・・・・・・。


戒光寺



















第2番「弁財天」さまは女神ですが財宝神ですから商売繁盛をお願いしますね。
ここの泉山融通弁才天さまは「八臂像」といって手が8本あり融通を利かせてあらゆるお願い事を
聞いて下さると言われています。
飾りはかき集めるちりとりでした。
本堂の本尊釈迦如来さまは全長10mの運慶・泔慶親子の合作の木像です。

今熊野観音寺
第3番「恵比寿」さまには漁業の神さま,海運守護に商業繁栄をお願いします。
飾りは大きな鯛を持った福よかなお顔のえびす様でした。


子護弘法大師の像には子供が3人寄り添っていましたが、私はこのような弘法さまは始めてです。


来迎院
第4番「布袋尊」さまには知足福・家業繁昌を願います。
ほていさんの大きなお腹が安産の祈願やお守りになったといわれます。
飾りは大きな大福帳でした。

泉涌寺
皇室とのかかわりが深く「御寺」として親しまれております。
平安時代弘法大師によって営まれた草庵を起こりとし、境内に水が湧き出たことから泉涌寺と改められました。
泉涌寺では千両、万両の入った福袋の飾りをいただきました。

雲龍院
第5番「大黒天」さまには福徳を願います。
大地に恵を与え万物の育成を促す福の神様、台所の神様としても古くからまつられています。
打出の小槌をもった大黒さま好きなものが出てきそうな飾りです。


悲田院
第6番「毘沙門」さまには財宝自在をお願いします。
財宝を守る神さま、また鉱山の神さまともされています。
飾りは「金千万両」の千両箱でした。


法音院
第7番「寿老人」さまは長寿の神さま健康で元気な老後を願います。
飾りは何故か長寿に必要なのか(?)大判でした。

番外で「新善光寺」さまは後嵯峨天皇が信州の善光寺まで参るのは大変だろうと阿弥陀如来像をまつり新善光寺を開いたお寺です。

番外「泉涌寺本坊」は楊貴妃観音をまつり世界の3代美人の1人です。
お参りは美人、縁結びと女性のかみ様ですかしらね。


笹飾り

おめでたい成人の日の泉涌寺7福神笹飾りは目の届くところへ飾りました。
どうぞ「日本に元気を下さい!」そして少しでいいです私の的もお聞きくださいと願うのでした。



2012年1月7日土曜日

3人京へ初詣

今日は3人で祇園にいく約束をし、まず八坂さんにお参りをしなければと桜門に向かいましたが
「一力」の前には沢山のカメラマンがカメラを向けています、私は何時もの野次馬根性が・・・・・見ずにはいられないのですが、しかし2人は余り関心無さそう諦め八坂さんへお参りです。

一力
玄関の正月飾は幕が張られ、根引き松が飾られておりました。
なんだか其のままが歌舞伎の舞台のようで、役者さんが幕を上げて顔を出しそうな・・・・・。

八坂神社・桜門
切り妻造りの桜門(2階建て門)、この門は閉じられることなく夜間でも参拝できます。

八坂神社拝殿
八坂神社は656年(斎名天皇2年)に創建,スサノオ尊がまつられています。
独特の建築様式で祇園造と言われている。


八坂さんの小さいお社を巡り次は「知恩院」へ、お昼は何を頂きましょうかと話しながら・・・・・

知恩院三門(国宝)
三門は江戸時代(1621年)に建てられた二重門です。

御影堂(国宝)
1639年徳川3代将軍家光によって建立され、入母屋造本瓦葺の江戸時代を代表する建築です。
屋根の上には瓦が載っていましたが、これは完全な物ではないとの暗喩なのだそうです。
廊下を歩くと「きゅうきゅう」と、350年の歴史の音がするんだなぁと思っていましたがこれは鴬張り
になっていたのでした。

大鐘楼
1636年に鋳造され日本三大名鐘の一つです。
除夜の鐘はお坊さん17人で鐘をつきますが側で見るとそれは大きい立派な鐘でした。
一度なまの「ゴーン」を聞いてみたいです、どんな音がするのでしょうか。


青蓮院にやってきましたが、お昼も過ぎお腹もペコペコ状態に戻るのもお店を捜すのも面倒になり
前の喫茶店で軽食、京都に来て少しばかり寂しいランチだったかな・・・・・・
時間も遅くなり4条までテクテク、お土産を買って家路につきました。
今日の「一力」の前のカメラマン軍団は舞妓さん達の「始業式」があり、その人達をカメラに収めるのに集まった人だったらしいです。

ええかおどすな   (朝日新聞より)
次の朝楽しそうにあいさつを交わす芸舞妓さんの姿が映し出されておりました。