2012年5月24日木曜日

いにしえの奈良の都

お友達と待ち会わせて歴史のある奈良町の町並みを歩いてみましょうと3人で出かけました。
近鉄奈良駅で下車、懐かしい商店街をぶらぶら歩いていると、細い路地からお兄さんが出てきて
「今日はお店はお休みですが、見るだけいいからお願いしまーす」と言われ小さなカフェを紹介され
「ぜひ今度ここを訪れた時には寄って下さい」とお願いされ「はい」と答えたのは私だけですが・・・。



狭い路地にある町屋は江戸時代以降に建てられたもので、平城京の元興寺の旧境内を中心に
(酒、醤油、刀、墨、筆、蚊帳等)が発展し、江戸時代には商業都市が形成されました。
第二次世界大戦の空襲をまぬがれ、地域住民によって町屋保存の「まちづくり」の活動がされ、
全国で初めてのことで注目されたそうです。
奈良を訪れる人たちにも古き良き町「奈良町」をぶらり散策もよし、またレンタサイクルで若葉の木々の小道を爽快に頬を撫でる風を切って走るのもいいかな・・・。

細いとおりを歩いていくと風情のある格子戸の家があります、がらがらと玄関の戸を開けると
そこの土間はあめ色の艶やかな土に上がり口があって奥を見るとお仏壇があり、どこにでもあった
田舎の風景です。


奈良町のマンホール(お友達が写した一枚を拝借しました)


私達もお昼を過ぎてお腹がグーとお知らせモードに・・・・・
ランチをいただくお店は決めてはいましたが直ぐには見付からず、お漬物屋さんのランチに決定



お干菓子みたいにきれいに並んだなのなーに?びっくりお漬物なのでした。
ちょと入ってみたくなるの分かるでしょう・・・



お家で食べるような惣菜のランチメニューでしたが、みんなで「おいしーいね」、お味はミシュラン一つ星くらいは・・・


細長い路地を歩いているとこんな珍しい門扉がありました。さすが竹の古里奈良のお宅ですね。


                                 

明治・大正の頃の看板   

幸せを呼ぶと言われる「猿ぼこ」は4年生まで暮らしていた三重の田舎の神社のお祭りには沢山の
赤いお猿さんがまるで綱渡りしているように沢山ぶら下っていましたが、「女の子が作るんだよ」と
母から聞いたような記憶がかすかに残っています。
きっと災いが去る(猿)ことを願う縁起物だったのでしょうかしらね?


菊岡屋
創業800年余菊岡屋は平安時代末から漢方薬を扱っていて今では24代目があらゆる慢性病に対応してくれるのだそうです。




とてもきれいな色のノレン

















大正10年創業の「吉田蚊帳」なんともいい雰囲気です。
「蚊帳」、私達の年代には蚊帳を吊り家族こぞって中に入り暑い夏の夜を朝まで爆睡しましたね。
今では蚊帳生地でいろんな商品を販売していました「奈良ふきん」は誰もが知っている商品ですが
ノレンがきれいなグラデーションになって並んでおりました。





お友達の1人はお着物姿でご登場!きれいな色のストールは彼女のために染色されたよう、とても
似合って素敵でしたのに写真撮らせていただくべきでしたね。


猿沢の池
猿沢池には5重塔が水面に映ってきれいでした。
この池は興福寺が行う「放生会」の池として天平21年(749)に造られました。
「放生会」は万物の生命をいつくしみ、捕らえられた魚や鳥獣を放つ宗教儀式です。
昨年私も早朝「石清水八幡宮」でのめずらしい神仏合同で行われた「放生会」を見物できました。


すこし歩き疲れましたから、ここのお茶屋さんで一休みです、「お薄に蕨餅」あ~おいしーいなぁ
疲れが和らぎます。




こんなに近くまで来て大仏様をお参りしないで帰ると、いい事は無いので3人で仲良く参拝しに行くことにします。
東大寺さんの境内は修学旅行の学生と鹿で満員状態でしたが、大仏様が遠くからでもこんなに
はきっりと拝むことが出来るなんて今日はいい日でした。

いつものようにお土産を買うのに3人いると時間がかかりますお菓子は外せないし、奈良漬けも買いたいし、柿の葉も買って帰宅しました。


近鉄奈良駅に「平成遷都1300年」のマスコット「せんとくん」は奈良県のマスコット・キャラクター
として頑張っていました。



おいしそうな奈良のお菓子だなと思って買ってきましたが、よく見ると「うへー」・・・・でした。
夫とワハハハ・・・おわり。


2012年5月21日月曜日

金環日食

今日(5月21日)は朝く起き金環日食を観測する可く用意万端整のえております。
準備OK(農作業用帽子にメガネ)です。
小学生の頃に校庭に出て皆でセルロイドの下敷きに」煤をつけ、空を見ていた記憶が薄っすらとある
のに、何も憶えていない一体どんなふうに見えるのでしょう期待でいっぱーいです。
7時30分頃から雲が少し広がる中、切れ間から見え隠れ、大阪では282年ぶりといわれる金環日食が東の空に、金色のリング浮かんで見られたのです。
うつくし~い感動・・・・・。
小学生時代もきっと同じように心弾んだ事だったでしょうに、煤の事しか憶えていないなってどんな子供時代だったのかしら?聞いてみたい母も空の向こうにいってしまいました。
リングを見ながらの思い出した遠い昔のことです・・・・。



この帽子と太陽観察グラスで天空の輝くうつくしいリングを見られました。





光る「きれいななリング」ですね。
勝浦の海水浴場では光るリングを指輪にみてプロポーズするイベントもあったそうです。
きっと祝福され2人には忘れられない日に
なることですね。
この時間に生まれた赤ちゃんも「金環」に縁のある名前が付けられるのでしょう。


何故か「スマップ」がテレビで天体ショーみたいなことをしていて、金環日食に「期待以上でこうして見られることに感謝です」と言っていましたが、本当にこのように感動出来る事は幸せなことかと思わずにはいられませんでした。
みなさん「きれい!」を連発していましたね。



「金環日食」天空のリングは日本中の人々に感動をくれました。
マンションの階段にも沢山の人が「見えますよーとてもきれいですね」とお互い感動を伝えあい幸せな朝の始まりになりました。

2012年5月18日金曜日

久し振りの再会

お稽古を一緒にしていた仲良しグループの方が、関東のお家のほうへ戻られ残念、頼りにしておりましたのに止められたのです。
皆、さみーしいよ!!
仲良くなって練習が終わると、細やかなお茶タイムを楽しんだりして、私達はまだそんなに長いお付き合いでもないのに、何故か気が合っていました。
その彼女のお計らいで京都の八瀬で楽しいお泊りということになりました。
お一人が残念な事に参加できなくなり3人での「お喋りとディナーの会」となってしまいました。


叡山電鉄・八瀬比叡山口駅
もうかなり前のことですが家族で「八瀬遊園」に遊びに来たことがありました、私達が利用した時は「京福電気鉄道」と呼ばれていましたが、今は「叡山電鉄」と言ってワンマンカーでした。
それに今では多い若い女の人の運転でしたよ。

お友達と2人で待ち合わせのホテルへGO。

エキシブ・京都八瀬離宮

ここは元、子供と楽しく遊んだことのある八瀬の遊園地の後に建てられたホテルなんだそうです。

ロビー
何処もここも広々としていてさすがが、廻りの山々は新緑の若葉に囲まれています。
色を変えていく様をゆったりと眺めていられたならばなぁ・・・・

2時半彼女も到着、食事までの3時間おしゃべり三昧です。
お勧めのシャンパンをグラス一杯に、おいしいお料理を十分楽しませていただきました。








おいしいイタリアンディナーに目もお味も楽しませていただき、すっかり写真を撮ることを忘れ
メインディシュもデザートもメニューだけでお許しあれ!




Giovano








早めのディナータイムも楽しく済ませた後はリクゼーションタイムです。
お休みはおしゃべりが弾んで午前様となってしましました。

2日目の朝みんなで目覚めの朝湯に入ってファイト!!


ロビーからの眺め


ここでお腹いっぱーいの朝食をいただき、またまた12寺過ぎまで「これほど話題が豊富にあるとは
ねー」と言いながらチェクアウトの時間も忘れるほどに話しに夢中になってしまう私達なのでした。

神戸へ帰らなければならない彼女と四条の「おめん」でお食事をして、名残惜しいですが再開を
約束してお別れしました。
また次回は有馬温泉で会いましょう!!

2012年5月11日金曜日

「鴨川をどり」に食事会

暖かい日が続いていたのに今日はうって変わって、東山にも薄雲がかかり肌寒い日となりました。
日頃はは男性だけが楽しんでいるのですが、今回私達女性もお誘いを受け「鴨川をどり」と食事会に参加することになりました。
先斗町歌舞練場の待ち合わせに少し時間があり「永楽屋」で季節限定「せとかの雫」を買っての道
トラックに玉三郎さんの写真がドカーンと載っていましたのでパチリと撮ってみました。




















数年前歌舞伎座で見ましたが、あの声と妖艶な踊りにうっとり・・・・
見惚れてしまったことを思い出したりしました~。

高瀬川の水面のさわやかな風が頬を撫で、辺りの若葉の緑もなんて美しいのでしょう!!

高瀬川
先斗町歌舞練場には観客の人、ひいきの男の人かな・・・の中に華やかな姿の芸妓さんに,かわいい舞妓はんの姿が見られ独特の花街の雰囲気があります。









先斗町歌舞練場


















「先斗町歌舞練場」の建物は昭和二年(1927)に建てられましたが、なんだかレトロな昭和モダンニズムが感じられるでしょう。


明治5年から始まり今回が第175回目の「鴨川をどり」なのだそうです。
ここの舞台も「源平雪月花」、今年は「源平」の年かなNHKも頑張って視聴率上げなくては・・・・


こんなに良い正面座席をとっていただきよかたぁ~です。


磨かれた芸妓の舞踊に舞妓の華やかさに魅了され、素晴らしいひと時でした。













舞妓はんはまだどこか幼さが残ってかわいいですね。
舞台が終わった後に手拭いが投げられ夫がゲット、とてもラッキーみなさんに羨ましがれ鼻高々の夫なのでした。


市光ねえさんサイン入り手拭い


舞台を見た後に芸妓さんにかわいらしい舞妓さん達とおしゃべりに興じ、鼓を打つ先輩芸妓さんの芸を見せていただきながらのお食事会を十分楽しみました。


舞妓のあや野ちゃん
あや野ちゃんは陽気な舞妓はん、皆にもてもてなのでした。


この後も皆さん(勿論夫も一緒になって)お酒と歌を楽しみましょうと、先斗町のおかみさんの
お店に入って行きましたが、「まだ帰るのには早いよー」と言われても早ね早起きの私は1人で
帰宅することにしました。
因みに夫はきれいな舞妓はんたちに囲まれ気をよくして、飲んで歌って午前様・・・・・
こうしてなかなか体験することもない私達の1日は終わりとなりました。


2012年5月5日土曜日

5月5日・こどもの日

今日の「こどもの日」の祝日です。
また今日から1週間「児童福祉週間」です。
ニコニコは「なかよくしよう」のあいずだよ。7歳の男の子の言葉が今年の標語に決まりましたが
大人の私達にもニコニコは身体のためにも大切なことです。スマイルしようよ・・・・
古く「端午の節句」は男の子のいるお家で節句の飾りをしましたが、今頃は女の子の家庭でも
「こいもぼり」を飾ったりと、男の子だけとは限らないようです。
我が家もお友達の「こどもの日」の作品を飾りました。




金太郎さんに熊さんももかわいいでしょう・・・・




私達もお祝いの柏餅をいただきました。
江戸では柏餅を、京都・大阪では粽を食べる習慣があったそうです。
中国の5月5日の節句には米ちまきを作り配る習わしが生まれ、日本へ節句行事として伝わったと言われます。

「粽」は中国戦国の時代、王の行状を忠告した窟原という人が王の怒りにふれ、流人となったが
王を慕いながらも川に身を投げてしまったのです、村人は窟原を哀れんで命日の5月5日に筒に入れた米を川に流しましたが悪龍が食べてしまい届かず、幽霊になった窟原は「楝樹の葉で米を包んで5色の糸で縛って流して欲しい」と願い叶ったのだそうです。




「しょうぶ湯」この時期の菖蒲の葉は強い香気があって不浄を払い邪気を遠ざけるといわれおり
また菖蒲は「勝負」・「尚武」に通じて菖蒲湯に入る風習になったといわれています。
我が家は菖蒲&よもぎの湯です。
菖蒲は夫の趣味のお仲間の方が、育て楽しまれてみえる葉をいただいてきました。
よもぎはこの辺り至るところに自生していますから、採ってくるのはやさしい事です。
よもぎも菖蒲と同じような事が言えますが、リラクゼーションの効能もあって、のんび~りと湯に
浸かって一年の疲れを癒し、無病息災を願う「おとなの日」となりました。