2012年2月25日土曜日

散歩→早足

ウエイトオーバーに付き若いドクターよりプールで負荷のないトレーニングとか速歩散歩を薦められ
実行することにしました。
まずは近所を早足で散歩です。今まで気にも留めなかったいろんな物が目に入ってカメラを持って歩くことにしました。


パナソニックの体育館の入り口側に柵で囲まれ人が出入り出来ない小さな池のようなもがあり、
そこの木には沢山の川鵜や鷺が安全な事を知っているのでしょう巣を作って子育てをしている様子がみえました。


この煙突は坂道を歩くこと10分程そこにニョキと建っています。
香里団地が建設される以前は一帯に火薬製造工場がありましたが、敗戦により閉鎖されました。
しかし1952年朝鮮戦争で需要が多くなり火薬製造会社が払い下げ申請しまたが、住民の人たちの反対運動に寄って政府は再開を断念しました、。
1955年日本住宅公団が設立され香里団地の建設が始まったのでした。
この団地も今では50年以上になって取り壊され、新しく生まれ変わりつつあるようです。
枚方市は1982年「非核平和都市宣言」を行い、1995年改めてこの煙突を平和の記念建造物と
認定しました。
此処まで上がってくるのに私の心拍数は倍にはなっていそうな気がします。
さて、脈数は下げられるかしら・・・・・?


山田神社
何時もは車で通り過ぎるだけですが、初めての神社へのお参りとなりました。
ここまで早歩きで30分上がり下りと大変でした。



こんなに大きな絵馬が御本殿に掲げられていました。
「スサノオノミコト」「イナダヒメノミコト」が祀られており、愛情、和合の祈願の神さまなのだそうです。




黒猫ちゃんが2匹仲良く寄り添っていましたが、神社の祈願表現にはピッタリの2匹で驚き!!


枚方市から五分ほど山側へ歩くと道しるべが出てきます、それをまた10分ほど狭い道を上がって
行くと竹やぶが見えてきますが、その向こうの空には大きく広がった「むくの木」が見えてきます。

むくの木
枚方田中邸のむくの木です。(大阪府指定天然記念物)
樹齢600~700年 高さ21m 幹周り5.4m 枝だ張りは16~7mにもおよぶ大きなきです。
果肉は甘く野鳥が食べ、特にムクドリが集まることからむくの木と呼ばれます。


枚方公園の100円ショップで会いました。
どこに目があるのか分からない?私「ねえ如何してメーキャップしたの」と失礼だとは思いましたが
訪ねてみました。彼女達「100円ショップの化粧品ですよ、今からお友達の結婚披露パーティーで
ガガのショーをしますから思いきって描いてみました」と教えて下さいました。
とても美人の女性2人でした。



マンションの横にある公園の梅がかわいいピンク色の花を咲かせ始めました。
新しくスタート始める春がもうそこに来ています。
そう、私も何かスタートさせよう!



2012年2月21日火曜日

弘法さん

21日は「弘法さんの日」祖母は「御大師さま」と言って毎月弘法さん参りを楽しみにしており、御下がりのお菓子を必ず私に持って帰り「いただきなぁーね」と私から娘にまでの長い間弘法さん参りが続いておりました。
急に思いついて私も行ってみようかな~と東寺へ出かけました。
市もしており境内は出店と人でいっぱいです。


御影堂に弘法大使をお参りしました。
弘法大使空海は真言宗の開祖で、4月21日は命日にあたります。
1233年仏師運慶子康勝が像を彫り、1240年から法要が行われているそうです。
弘法大使空海はいつしか「弘法さん」と親しみをもって呼ばれるようになり、毎月21日の法要には
多くの人がお参りに集まり、参拝する人たちのために「1銭一服」の茶店が開かれるようになって
毎月21日に「弘法市」として親しまれるようになりました。


以前は骨董品を見て回リ買った品物を見ては御満悦、しかしもうここらで一休みです。
我が家にはもう収納する場所もなく、それらを引き継いでくれそうもないので今では邪魔物・・・・・?
御大師さんのお参りもして市も見て廻りましたお気に入りの物もありましたが、2回ほど行ったり来たりしてここはぐっと我慢です。
お友達の大好きなポン菓子の大袋をおまけして貰って買い、夫におみやげの草餅も買ってホット蕨餅をいただいて市を後にしました。


京阪電車丹波橋から特急に乗車したところ舞妓さんが二人座っていました、私は早速写真を撮らせていただけるかお母さんに尋ねたところ「1枚ならいいですよ」と心好く聞き入れて下さりラッキー


舞妓さんニッコリとても可愛いーかったですよ。


今日は御大師さんに「南無大使遍照金剛」とお参りし、「何かいいことないかしら・・・・」
こうして家族が健康で日々平凡に暮らせている事こそが幸せなことです。
御影堂にも「東日本大震災」の復興を願うお守り札が上げられておりました。
まもなく1年になりますがまだまだ被災地は苦労が耐えない事でしょうが、皆さん「負けたくない」と
前向きな人も多くいて私達も応援しなければなりませんね。



2012年2月11日土曜日

ヨドコウ迎賓館・雛人形

今日は「建国記念の日」で道路は渋滞するかもと思いましたが、私達は日本三名泉の一つと言われる有馬温泉にまだ行ったこともない事もあって、ドライブ方々お湯に浸かりに出かけました。


芦有ドライブウエーの途中に展望台があり大阪湾が見渡せますが、生憎の曇り空で視界が少々
悪くて残念・・・・・。



奈良時代に行基により温泉寺が建立され、療養施設として多くの宿坊もあったそうです。
豊臣秀吉がしばしば湯治に訪れ利休とお茶会を催したと言われる歴史のある温泉町に「太閤の湯」
ここに入ってみるでしょう・・・・ファミリースパでした。
なんと人気があるのでしょうね入場を待つ人で玄関はいっぱーいなのです。

前日に新聞で読んで是非見たいと思っていたヨドコウ迎賓館をドライブウエーの入り口に見つけ
なんとラッキーな事でしょうか。
お湯に入るのも程々に戻って迎賓館へ大急ぎしたのでした。


ヨドコウ迎賓館玄関口(車寄せ)
アメリカ20世紀の建築の巨匠ライトが設計し遠藤 新らによって建築されました。
灘の酒造家山邑家(8代目)に依頼さ1918年別邸として設計したのでそうです。
中学の修学旅行で見た帝国ホテルを大人になって明治村で再び見た時「なんて美しい!」
今日またここで大谷石の軟らかい温かみを感じる石に触れることが出来嬉しい限り・・・・・・。


左右に大きな窓がありこの別邸が建てられた頃は、緑に包み込まれてまるで一枚の絵画のように
鳥の鳴く声を聞き素敵なひと時が感じられた事でしょうね




このお雛様の顔は最も古典的な造りの顔立ちです。


雛人形 花嫁人形     (ヨドコウ迎賓館所蔵)
この雛人形・花嫁人形はお子様の誕生を祝って明治33年~34年(1900~1901年)にかけて
2年の歳月がかけられ、京都の「丸平大木人形店」によって製作されました。

明治天皇と昭憲皇太后
明治天皇と昭憲皇太后もみられ時代の違うお花見の宴を写した人形が見事でした。
100年経った今も大切にされてきた事が伺える美しいお雛さまに調度品花観人形です。


ラッキーが重なったうれしい1日でしたが、子供の頃から宝塚の伯母のお土産で赤い缶の炭酸せんべいが大好きに、なのに残念今日は買うの忘れてしまったのです。



2012年2月5日日曜日

酒蔵開き

昼食を済ませた後、お天気も良く散歩のつもりで伏見へ酒蔵開きに行ってみることに・・・・。
絞りたてがいただけるとか?私はお酒の薀蓄などは0ですが、何でも試みることは大好きなので・・・




伏見銘酒協同組合の会場には大勢の人で溢れていました。
もうすでに赤い顔の人達が気持ちよさそうに大きな笑いが起こっていました。
なんと幸せな世界でしょう・・・・・・か。



しぼりたて新酒きき酒、チケットを買って1杯試飲、外国のかたも沢山見かけます女性の方が片言の英語で「いっぱーいお願いします」何と係りのおじさんそれに応えて溢れるほどに注ぎました。
「おいしいです」日本酒もノーマルになってきたのですね。
前にいたおば様「すこし舌に残るわねぇ、昨年の方がまだマイルドで出来良かったでしょう」と言われても私達は初めてですし、味も分かってないから「そうですか?」
私には20度のまだ炭酸の入ったままのお酒はきつーい!!



14299リットルのタンクが幾つも並んでいます。
カップルが「一週間に一本は飲むでしょう、何年飲める?」と計算しておりましたが、「わぁ次の代まで飲むみ続ける事になる・・・・・」私達も「そうなんだぁ~」と妙に納得しておりました。



若い女の子も係りの人に説明を聞きながら試飲3杯と決まっていますが、なかなか決まらず陣取ってお酒を楽しんでいます。
私はもっと雰囲気のある中でいただけるのかなと楽しみにしておりましたが、ここは酒好きが集まって来るところかな・・・・・?
観光地でもあってバスツワーの人も多いみたいですね。

会場の広場には地元のお菓子、お漬物、京野菜などが並べられており私も両方の手にいっぱいの
お買い上げです。


月桂冠大倉記念館にも寄りました。
寛永14年(1637年)月桂冠発祥の地です、今もこんこんと湧き出る水「さかみず」を飲むことが出来ましたが、とてもまろやかで酒造りの命の水とはこういうものなんだと納得し「酒造りの唄」を聞きながら館内を巡りました。


こんなユニークな看板がありました。アメリカのメジャーリーグのベーブルースが昭和9年(1934年)に来日した時の小売り店用の広告看板だったのだそうで面白い!!

お友達に日本酒大好き人がいて、ランチに入っても必ずお酒がなけれが出ちゃう人に、何をおいても彼女においしいお酒を買って送って上げたいと二人であれこれ品定め、おのが分にもと何と6本にもなってしまいました重ーい・・・・。
酒饅頭も買って帰宅です。




2012年2月3日金曜日

節分詣

今日は節分「鬼は外、福は内」です。
成田山へ節分詣でをしょうと思い立ち、歩いて行くことに一昨日の検診で先生から体重オーバー
努力の結果は2ヵ月後にとプレッシャーをかけられ一休寺さんでの誓い「鍛える」もあって40分歩き
ました~。
節分とは「季節を分ける」ことを意味しており、室町時代以降は立春(毎年2月3日頃)の前日を指す場合が多い。
季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると思われており、それを払うための行事として古くからとり行われています。
豆「魔滅」に通じ鬼にぶつけて一年の無病息災を願います。






成田山の手洗い場はまだ氷が張っておりとても冷えておりました。

冷たい水で手と口を清め福豆をいただく列に並びまます。








豆まきが始まると皆さんとても上手、大きな袋を掲げて受けていました。
お豆はさすがに成田山です、千葉の落花生でした。


















大阪の芸能人の方々の名前がずらりと掲げられていました、また次の豆まきの合間に演芸なんかがあって驚きました。



大僧正、寝屋川市出身のお相撲さん、年男の方、綺麗どころがずらりと並んで記念撮影をしている
ところを私もパチリ。

近くにある蹉跎神社にも夫と詣でることに、くねくねした細い夜道を上がってまた社までにも石段があり、そこに菅原道真が大宰府に送られるときに姫が間に合わず足摺り(蹉跎)して嘆いたので
蹉跎山と言われ、そこには姫に残した菅原道真の像が祀られのが神社の始まりと伝えられています。





















夜に神社を詣でることは初めての事、今よく言われるパワ-スポットのような感じがしましたが・・・。
福豆は私が2つゲット仲良く分けていただいて、また暗い夜道を帰ります。



2人で「福は内、鬼は外」めんを被った鬼に思い切りの豆まき、どうぞ今年も「福」をよろしくお願い致します。
幸運を招く恵方巻きを北北西に向かってガブリ、ちょっと行儀が悪いがまぁいいか~。


我が家のちょっぴりへっぴり腰の鬼です・・・・この人だーれ。


本当に今日は1日節分デーこんなことは今までになかった事です、今年はきっといい年であると
信じてがんばるよー。