2012年8月14日火曜日

春日大社万燈籠

今日はまだ夜が明けぬ頃から雨に風がすごーい!ベランダに出てみると竹が同じ方向に靡いて
真っ黒い空には稲妻が走ります。
何時もは白む頃からうるさいほどに鳴くカラスと蝉の声が聞こえず不思議・・・
やはり放電現象に何か影響があって脅えているのでしょうか?

ベランダから見る雷雨
あんなに雷が鳴り響く空模様は初めてみました、まるで花火が打ち上げられているようでお腹に響いてくるのが怖いほどに感じられるのでした。
天候が不安定で心配なのでぐずぐずするも午後5時思い切って「春日大社万燈籠」への参拝は
明日にする事に決めました。


15日ウェザーリポターも「今日も傘の必要な不安定な1日です」しかし私達は思い切って出かける事にしました。

一の鳥居(重要文化財)
平安初期の創建です。
形式は明神形の桶側式で檜厚板16枚を張り立てて柱としています。
日本三大鳥居(気比・厳島・春日神社)の一つです。


参道を歩いていると「奈良大文字の送り火」があるということを知り、点火の前には飛火野で
慰霊祭がありました。
終戦記念日である盂蘭盆に奈良県出身の戦没者を供養するため高円山で始められたそうです。

神式
仏式
 神式と仏式の珍しい盂蘭盆供養に今では世界の平和のための祈りも籠められ行わていました。




高円山の上の方の山肌が見えますがここに
「大」が浮かびます。

飛火野の裾の方には鹿が沢山いてここで夜を過ごすのでしょうか・・・

奈良大文字送り火
お坊さんの読経が終わると山に「大」が浮かび、立って黙祷を捧げる人もみえました。
人の煩悩108と同じ数の火床に点火され30分ほど燃え続けています。

「大」文字のうちわ
毎年奈良の寺院の長老さんが書かれているそうです。
私達も「奈良大文字送り火」保存のためにお役立にたてばと、東大寺・西大寺さんの2枚をいただく事にしましがとてもしっかり作られており長持ちしそうですよ。

回廊の釣灯籠




幾つもの釣燈篭が美しく厳粛な世界を醸しだしています・・・



藤堂山城守の釣燈籠












この釣燈篭は藤堂和泉守が寄進されたとありました。
伊勢の国津の城主で、お城跡には藤堂高虎公の像がありつつじの綺麗な憩いの公園になっています。








本殿




本殿前にはローソクが立ち並び冠に枹の
神官の姿が暗い中にみえ「東日本大震災」の
犠牲者の方々の冥福と復興への願いをこめての祈りが行われていました。
私達も共に祈りまた家族の無病息災をお願いするのでした。







直江山城守の釣燈籠
大河ドラマになった直江山城守兼続の寄進とありました。

とても幻想的
石燈籠
南門の両側には奉納された沢山の石燈籠に灯がともり何とも言い表せない空気が漂う・・・

南門
閉門頃になるとお参りする人も少なくなって「中元万燈籠」の灯りにいろんなことを想うのでした。
万燈籠のちょうちんは参道の帰り道には足元の明かりになって大助かりでした。


















帰り道に氷室神社があり参道には氷の灯リがともされておりとてもきれい宝石の輝き・・・


長時間の歩き疲れでもう遅い時間にもかかわらず私達はお店に入り宇治金時で喉を潤すことに
しました。

宇治金時
なぁーんと大盛り宇治金時、さすがにおま茶はおいしいかったのですが・・・御免なさい!
2人とも残しましたあー。
帰宅したのは午前0時を過ぎていましたが楽しくまた有意義な一日を過ごすことが出来ました。


2012年8月9日木曜日

宇治川の鵜飼

今日は「京阪宇治駅午後5時10分待ち合わせて「宇治川の鵜飼」へ行きました。
私達5人は1時間ほど早く着くように出て、宇治橋の袂にある御茶屋さんで皆さんは「宇治金時」を私は前回行った時のお気に入り「ホットミルクあずきとお団子」をいただきました。
皆さん楽しみで心がはやり早めの集合です。

ミルクの中に小豆が入ってほど良いあまみ
幹事の方がパンフレットを作成して下さいました。

う越利
ラッキー!1ヶ月ほど前お友達と偶然このお店に入ってランチを頂いたのですが、お料理もおいしくお上さんが感じの良い方でゆっくり気持ちよくさせていただいた料理屋さんだったのでした。
まずは乗船前にここでお酒にお肴を頂くとになりました。


「お刺身」に「そうめんとほたての酢味噌和え」がさっぱりとしています。

鮎の塩焼き
この部屋で焼いていただけなんとも香ばしい焦げた匂いが食欲をそそります。
天然あゆなのできれいに中骨が取り出せましたぁー。
1時間ほどワイワイ騒いでいよいよ鵜飼舟に乗りま~す。
朝霧橋を渡って乗船場へ移動です。

宇治川に映える夕日
ウィークデーで鵜飼舟もさほど多くはないようで私達見る側は至極ラッキーかな・・・

船着場
なんとも時代劇映画のワンシーンに出てきそうな場面だとは思いませんか・・・。


鵜飼舟でいただくお弁当
ほんのりと薄らいだ夕暮れの涼風が心地好く頬を撫ぜ、アルコールもいただいき気分は上上・・・

鵜飼舟に宇治橋



宇治川の辺に並ぶ料理旅館に灯り















いよいよ夏の風物詩である伝統の装束に身を包んだ女性鵜匠さんと鵜の共演が始まります。

アマチュアカメラマンに向ってポーズ
宇治川には美しい2人の女性鵜匠さんがいらして彼女たちを目的に撮影に訪れる人達もいらしゃるようです。
鳥帽子に腰蓑がお似合いでした。

暗い中に赤々と燃えるかがり火が平安絵巻をみているよう・・・

手綱を上手に操ります
鵜匠さん篝火がとても熱そうですが上手に手綱をさばき、篝火に寄ってきた鮎を鵜は飲み阿吽の呼吸で吐かせます。
ちょぴり可愛そうな気持ちにもなりますが・・・



















お仕事の後にはおいしい鮎のご馳走が待ってるからと一生懸命潜っては鮎取りしているようですが
人の世界も同じかな・・・上手にサボタージュしてるのがいたようにみえましたが?


初めての鵜飼舟での暑気払いは楽しく閉幕です。
幹事さんありがとうございました感謝です。


2012年8月3日金曜日

春日大社へ!

奈良国立博物館ですっかり魅了され、しばらく公園の鹿を見てのんびり余韻を楽しむ・・・。
そうだ!まだ訪れた事のない「春日大社へ行ってみましょう]と参道の方へ歩いて行くと
「鴎外の門」と書いた石碑が目に入り何度も来た事があるというのに、今まで気付くことがなかったのでした。

鴎外の門
「猿の来し官舎の裏の大杉は折れで迹なし常なき世なり」
森鴎外は大正11年(1917)12月に帝室博物館総長に任命され(東京・京都・奈良を統括する)
大正11年に亡くなられるまでその職に就いてみえました。
大正7年から10年まで正倉院宝庫の扉の開封に立ち会うために奈良を訪れ、また官舎から
奈良の古社寺や旧跡を訪ね「奈良五十首」や「寧楽訪古録」を残しています。

井戸
庭にあったのでしょうか古井戸があり覆いの隙間から見てみるとそこにはまだたっぷりの水が
これを使ってみえたのかなぁ・・・

春日大社が起こった8世紀頃にはみかさ山の麓から飛火野にかけてイチイガシが広がっていたといいます。
今も境内には幹が3メートルを越える巨樹が多く生育している大切な鎮守の森なのですね。

伏鹿手水所
武甕槌命(たけみかづちのみこと)という難しい名の命が白鹿に乗ってきたことから鹿を神の使いとして大切に保護しています。
手水所の鹿は巻物をくわえていますが鹿島神社の遣い物でしょうか・・・

春日大社への参道



石燈籠















春日大社の石燈籠は参道に見事並び2000基もあり、古いものは1038年の藤原頼道による
寄進のものと伝えられています。
江戸時代末期まで常夜灯は毎夜ともされていましたが、今は2月の節分と8月14・15日の両日に火がともされます。


このように回廊の釣燈篭は1000基もあり、火がともされるとさぞかし幻想的でしょうね。
今月の中元万燈籠には行ってみたいと思ってますけれど・・・

回廊の釣燈篭
朱色の軒を「西の回廊」、「御手洗川」は春日山から水を引き昔はそこで手を洗い清めて参拝したのだそうです。

南門 (重要文化財)
本宮の正門(楼門)です。

中門・御廊




御廊














中門・御廊は平安時代末期治承3年(1179)建立。
前にある燈籠は「春日燈籠」と呼ばれ、朱の柵は神前に供えるための稲穂をかける「稲垣」といわれる柵です。
御廊に囲まれた中に4つの命をお祀りした本殿があってみる事は出来ません。
本殿は国宝に指定されています。
春日大社・春日山原生林は古都奈良の文化財「世界遺産」に登録されています。

本社大杉
この大杉は樹齢千年ともいわれています。
鎌倉時代後期(1309年)に描かれた絵物語「春日権現験記」にその姿が描かれているとか。
千年経ってもこの力つよい頑丈な幹に日本の歴史を思ふかな。

鷺原道
別名「地蔵道」かって興福寺大乗寺の僧たちが春日大社へお参りした道です。
藤原氏の関係が深く神仏合習が進み興福寺とは一体となっていましたが、明治4年の神仏分離で
春日神社になり、また昭和21年に春日大社に改められたそうです。
昨年石清水八幡宮の「放生会」に行ったおり神官と僧侶が「東日本大震災」復興への祈りもこめ
合同の140年振りの「放生会」の復活としてとてもめずらしい神事でした。

鹿と私
小径を歩いているとかわいい鹿がいたので買っておいたいた鹿せんべいを「あげるわよー」と見せると近寄ってきました。
小さいのにもう頂戴をして口を開けおねだりです、3枚だけ上げましょうと思ったのに・・・
可愛さに負けてしまいましたぁ~
「また来るから憶えておくのよー」と言うと「うんうん」おねだりと同じでまぁいいか~


さぁ帰えりましょう!
いつもの如く美味しいお菓子を捜します、東向き商店街で「まろのおみた」なるものを求めました。
なんと一口噛むと甘い垂れがひろがって二人で「これってみたらし団子?」
甘いもの好きの私達にはちょっと残念なお土産なのでした・・・。


頼朝と重慶展 (奈良国立博物館)

奈良国立博物館で開催中の「頼朝と重源」ー東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆ー特別展に暑い
中にどうしても見たい宝物があって出かけました。




治承4年(1180)平氏軍が東大寺・興福寺(7つの寺や堂塔)など南部
一帯を焼き討にしたのです。

東大寺盧舎那大仏は大きな被害をうけましたが
後白河法皇は造寺造仏を命じ、藤原氏、頼朝らによる寄進で大仏再興は
進められましたた。

この時再生すべく大勧進として乗り出したのが俊乗房重源なのです。

重源亡き後栄西・行勇に大勧進は引き継がれ半世紀もの復興の軌跡が
分かりました。









重源上人座像(奈良・東大寺蔵) 国宝 postcard 
いつもは「俊乗堂」にと呼ばれる小さなお堂に座ってみえますが、7月5日の法要の後には一般
公開されますから拝見できるそうです。
国宝・快慶作と伝えられています。

伝源頼朝像(京都神護寺蔵) 国宝 postcard
「1192作ろう鎌倉幕府と」憶えている幕府の征夷大将軍に任じられました。
今では1185年説もあり、肖像画といい歴史は・・・
束帯姿で太刀を着けた姿は威儀を感じさせられますね。

後白河法皇座像(京都長講堂蔵) postcard
「長講堂」は非公開ですが毎年4月13日法皇忌法要の時には開帳されるそうです。

像形八幡神座像(東大寺蔵) 国宝 postcard
建仁元年(1201)快慶により新造されました。
あまり目に触れるところではない秘仏として安置されていたのでしょう、鎌倉時代の仏さまとは
思えない鮮やかな色彩に驚きました。
八幡殿に安置され10月5日に開扉されます。

籬菊螺鈿蒔絵硯箱(鎌倉鶴岡八幡宮蔵) 国宝 postcard
源頼朝が後白河法皇より下された硯箱を鶴岡八幡宮に奉納されたといわれます。

阿弥陀如来立像(東大寺) postcard
快慶によって造られました。
俊乗堂の厨子に納められているそうです。
「釘打の弥陀」とも呼ばれますが親鸞が業の後京都に戻る際、特にこの阿弥陀さまを信仰して
おり持ち帰ろうとしたのを東大寺のお坊さんが止めるために、右足の甲に大きな釘を打ち付けて
しまったのだとか。
とても均整のとれた微笑み加減のお顔の具合が私はすきです。

(パンフレットから)

治承4年(1180)平氏の焼き討ちで盧舎那大仏が焼け落ちる様を描いています。


僧侶の偉大な力を知る思いがしましたが、宝物のすばらしい事は勿論ですが展示物がすごーく
見やすく大満足でした。
出来たらもう一度見てみたい!!


続きがあるのですが・・・。