なでしこジャパンおめでとう!!
日本中が喜びの声で湧いています。
TV中継はハラハラ・ドキドキ、PK戦で3対2で制したときには感動!!!!2人でうるうるです。
ゴールドシャワーを浴びる選手達の顔はとても美しく、晴れ晴れとした顔つきで私達にも彼女達の
嬉しさが伝わってくるのでした。
なでしこの力は諦めない力だとか、前を向いてがんばった心が一緒になって「ゴールドメダル」という
大きな喜びとなったのでしょう。
東日本大震災に協力して下さった人たちに「世界の友へ感謝します」と言うメセージを掲げ場内の方
にも「ありがとう」の気持ちを伝えていました。
なでしこの心「力」が被災地にも届きますように祈っております。
2011年7月18日月曜日
2011年7月15日金曜日
陶芸教室
最近親しくさせてて頂いている方が陶芸の趣味が高じてご自宅で作業が出来るように一部を改造
されていて作品作りに精を出してしてみえます。
私達5人、土も触った事もないような者が無理言って作品を作ることをお願いしたのです。

彼女は芸術的な事が大好です。油絵も書くのでさっさとご自分の好きなように型を決めて
作り上げてしまいます。
絵付けも心得たものです。
彼女のようにとってもかわいい作品になっています。
小さなピッチャーはなかなか大変でとても骨を折っていましたが。出来上がりに満足の様子でした。
なかなかユーモラスな猫ちゃんですね。
ちょっと見には大様な方のよう・・・・・
作品は丁寧で細やかで色も美しいですよね。

彼女のお魚は小さくてかわいい~
私達のクラブの仲間の人に「Good」傑作と褒めたたえられ差し上げていました。
私の作品です。小さな魚は鯉のぼりのつもりで作りました。其の月の箸し置きを使って食事をする事が美味しく食事をいただける一つにもなっています。
鮃(?)のつもりは土のこね方が悪かったそうで割れ目が入ってしまいましたが目が可愛い・・・・
私達5人同じように作りましたが、同じ課題でもそれぞれその人の持つ特徴が出るものですね。
年齢を重ねると共に柔軟性欠ける傾向がある様に思います、気をつけなければ人は一人では生きてはいけないのだから・・・・・・・
されていて作品作りに精を出してしてみえます。
私達5人、土も触った事もないような者が無理言って作品を作ることをお願いしたのです。
彼女は芸術的な事が大好です。油絵も書くのでさっさとご自分の好きなように型を決めて
作り上げてしまいます。
絵付けも心得たものです。
彼女のようにとってもかわいい作品になっています。
小さなピッチャーはなかなか大変でとても骨を折っていましたが。出来上がりに満足の様子でした。
なかなかユーモラスな猫ちゃんですね。
ちょっと見には大様な方のよう・・・・・
作品は丁寧で細やかで色も美しいですよね。
彼女のお魚は小さくてかわいい~
私達のクラブの仲間の人に「Good」傑作と褒めたたえられ差し上げていました。
私の作品です。小さな魚は鯉のぼりのつもりで作りました。其の月の箸し置きを使って食事をする事が美味しく食事をいただける一つにもなっています。
鮃(?)のつもりは土のこね方が悪かったそうで割れ目が入ってしまいましたが目が可愛い・・・・
私達5人同じように作りましたが、同じ課題でもそれぞれその人の持つ特徴が出るものですね。
年齢を重ねると共に柔軟性欠ける傾向がある様に思います、気をつけなければ人は一人では生きてはいけないのだから・・・・・・・
2011年7月13日水曜日
えんま様
子供のころ母親から「悪いことしたらえんま様が舌を抜きに来るからね」と驚かされておりましたが
「千本ゑんま堂」で夏の夜間特別拝観「風祭り」が行われているのを知りおとずれてみました。
何故か懐かしい感じのする商店街の通りにありました。
平安時代の歌人小野篁(802~853)が閻魔大王を刻んで建立したほこらだという
小野篁卿は昼は宮中、夜は井戸を通って閻魔様に仕えたと云われています。
応仁の乱で焼失した閻魔大王を仏師定勢が刻んだのがいまの御本尊様です。(1488)
閻魔様の左にお座りの司録尊象さまは極楽か地獄かの審判をくだすためのえんま帳に記録を
かく係りだそうで手に帳面をもってみえました。
ここには書かれたくないな・・・・・・
梶の葉は面白い形をしていて昔はこれに「歌」を書いて送った
のでしょうか。
私達も梶の葉に願い事を書きお堂の入り口に吊るしました。
枯れ丸まって他の人には読めなくなってしまうそうです。
庵主様の法話がありましたが、あの世とこの世の間を行き来し法儀をこの世に持ち帰った風の人
そしてえんま様のお話は不思議の世界でした。
その後お香を楽しませていただきました、初めてのお香でしたが作法を教わり3つの香木の香りを
かぐ体験が出来ました。
「千本ゑんま堂」で夏の夜間特別拝観「風祭り」が行われているのを知りおとずれてみました。
何故か懐かしい感じのする商店街の通りにありました。
平安時代の歌人小野篁(802~853)が閻魔大王を刻んで建立したほこらだという
小野篁卿は昼は宮中、夜は井戸を通って閻魔様に仕えたと云われています。
応仁の乱で焼失した閻魔大王を仏師定勢が刻んだのがいまの御本尊様です。(1488)
閻魔様の左にお座りの司録尊象さまは極楽か地獄かの審判をくだすためのえんま帳に記録を
かく係りだそうで手に帳面をもってみえました。
ここには書かれたくないな・・・・・・
梶の葉は面白い形をしていて昔はこれに「歌」を書いて送った
のでしょうか。
私達も梶の葉に願い事を書きお堂の入り口に吊るしました。
枯れ丸まって他の人には読めなくなってしまうそうです。
よく見えませんが提灯の前に梶の葉の願い葉が沢山吊り下がっています |
そしてえんま様のお話は不思議の世界でした。
その後お香を楽しませていただきました、初めてのお香でしたが作法を教わり3つの香木の香りを
かぐ体験が出来ました。
2011年7月11日月曜日
疎水
琵琶湖疏水は琵琶湖の湖水を京都へ通すために作られた水路であって、市内に水力発電所があったことは知らず、蹴上げの水路閣についてしか分かりませんでした。
明治23年(1890)に琵琶湖疏水が竣工されました。
夷川水力発電所は大正3年(1914)に建設され以来京都市内に電力を送電しているそうです。
滔滔と流れる水は美しく,澄んだ色は音と共に私に感動をくれました。
疎水に沿って歩く遊歩道は暑さも忘れ、平安京の時代を勝手にイメージしての散歩は夢が膨らむ。
ゆったりと流れる疎水を眺め帰った後、まだ先が見えない福島原発の事故は、放射能がどうなっているのかも分からず、不安と向きあって暮らさなければならない人々の生活が早く終結することを願ってやみません。
明治23年(1890)に琵琶湖疏水が竣工されました。
レンガ作りが明治色 |
夷川水力発電所は大正3年(1914)に建設され以来京都市内に電力を送電しているそうです。
滔滔と流れる水は美しく,澄んだ色は音と共に私に感動をくれました。
この辺りが白川御所南殿跡 |
疎水に沿って歩く遊歩道は暑さも忘れ、平安京の時代を勝手にイメージしての散歩は夢が膨らむ。
令泉通りにはこのような町家がありました |
ゆったりと流れる疎水を眺め帰った後、まだ先が見えない福島原発の事故は、放射能がどうなっているのかも分からず、不安と向きあって暮らさなければならない人々の生活が早く終結することを願ってやみません。
2011年7月10日日曜日
蓮の花
いつも通っている道路の脇に蓮池があり梅雨の時期になると、きれいなピンク色の花が咲きます。
早朝花が咲くとき「ぽん」と音を立てると聞いていたので,待っていましたがなかなかチャンスがなく
諦めました。
葉は蝋状になっているので撥水性があり、雨上がりには水玉ができるのです。
蓮の花は早朝咲き花の開花は3回繰り返し
4日目に花びらが散るのだとか。
花は16弁です。
早朝花が咲くとき「ぽん」と音を立てると聞いていたので,待っていましたがなかなかチャンスがなく
諦めました。
葉は蝋状になっているので撥水性があり、雨上がりには水玉ができるのです。
蓮の花は早朝咲き花の開花は3回繰り返し
4日目に花びらが散るのだとか。
花は16弁です。
花が散った後の花托 |
蓮の花は「連華」,地下茎は「蓮根」と言います。
蓮根は輪切りすると沢山の穴があいており「先を見通す」と縁起のいい食べ物で、お正月の御節の
料理にも使われます。
近年は花粉症にも効果があるとか言われておりますが・・・・・
蓮池の畦の隣は田んぼ、苗が植えられて水が
張られておりました。
畦を歩いていくと蛙がピョンピョン水田の中に飛び込みます、よく見るとなんとまだ尻尾がありますが高く飛びます、驚き・・・・・
「三室戸寺」では蓮の葉にお酒を入れて茎から飲む「ハス酒を楽しむ会」が行われているそうですが今年も行くことができず、とても残念な思いをしています。
「象鼻杯」と言って、飲む姿が象が鼻を上げている姿に似ているからだそうです。
鬼が笑うでしょうが来年こそ・・・・・・・・。
2011年7月8日金曜日
七夕様
7月7日七夕祭り、年に一度の逢瀬だというのに雨が降りました。
天の川の牽牛星と織女星が相会する日だというのに残念な日となって,雨の中で逢う二人には逢合橋での逢瀬もまた楽しかったのかも・・・・・・・
中山観音寺跡に牛石(牽牛石)といわれる大き
な石があります。
牽牛の妻迎え船こぎ出らし
天の川原に霧の立てるは
山上憶良
七夕にはこの牛石(彦星)と天の川向こう岸にある機物神社の織姫が逢瀬を楽しむ・・・・・
一年に一夜と思えどたなはたの
逢ひ見む秋のかきりなき哉
紀 貫之
平安時代にはこの辺りを「交野が原」といって天体崇拝、文学的趣味から大勢の宮廷人が訪れて
いたのだそうです。
神社には「多羅葉樹」という樹木があり、葉の裏に字を書くと鮮やかに文字が表れます。
七夕の短冊の代わりとして願い事を書いていたそうです。
マンションの子供たちが七夕の願い事を書いた笹飾りが玄関先に飾ってありました。
何をお願いしたのか私には分かりませんでしたが、子供たちの「のぞみ」を叶えてあげて下さい。
私の「願い事」もお願いします。
天の川の牽牛星と織女星が相会する日だというのに残念な日となって,雨の中で逢う二人には逢合橋での逢瀬もまた楽しかったのかも・・・・・・・
牛石(枚方市香里ヶ丘) |
中山観音寺跡に牛石(牽牛石)といわれる大き
な石があります。
牽牛の妻迎え船こぎ出らし
天の川原に霧の立てるは
山上憶良
七夕にはこの牛石(彦星)と天の川向こう岸にある機物神社の織姫が逢瀬を楽しむ・・・・・
一年に一夜と思えどたなはたの
逢ひ見む秋のかきりなき哉
紀 貫之
機物神社(交野市倉冶) |
いたのだそうです。
神社には「多羅葉樹」という樹木があり、葉の裏に字を書くと鮮やかに文字が表れます。
七夕の短冊の代わりとして願い事を書いていたそうです。
マンションの子供たちが七夕の願い事を書いた笹飾りが玄関先に飾ってありました。
何をお願いしたのか私には分かりませんでしたが、子供たちの「のぞみ」を叶えてあげて下さい。
私の「願い事」もお願いします。
2011年7月6日水曜日
オクラ
初めてのオクラの栽培(ちょとオーバーですが・・・・・)ベランダでプランタンに2本植えました。
最初いただいた苗は余りの強風に萎えてしまいましたので、二代目の苗を買って植えることにしたのです、今度は無事大きくなって花もさきました。
最初いただいた苗は余りの強風に萎えてしまいましたので、二代目の苗を買って植えることにしたのです、今度は無事大きくなって花もさきました。
アフリカ原産花は黄色で可愛い、夜から早朝まで昼までにしぼんでしまう |
こんなに大き莢になたのです |
山芋をすってオクラと混ぜて美味しくいただきました |
オクラは熱帯では多年草,霜枯れし寒さに弱く日本では一年草なのだそうです。
一本ですが我が家のオクラを採る事が出来たことはても嬉しいことです、まだこれから
もう一本の苗のほうにも小さな莢が出来ており楽しみ、粘り気でパワーをつけてこの夏をのり切りたいものです。
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